森ビル株式会社

生涯"イラストレーター"宇野亜喜良が語る、仕事と芸術のこと(第2回)

2013年02月08日

今月のゲスト:イラストレーター 宇野亜喜良さん

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2月14日より『宇野亜喜良展 さよならの城』がROPPONGI HILLS A/D GALLERYで開催されます。メインとして展示されるのは、谷川俊太郎さんとの初仕事となったイラスト。「1960年代に出版された寺山修司『さよならの城』のセンチメンタルな少女性をテーマにした」と語る宇野亜喜良さんの言葉ひとつひとつから、今回の展覧会にかける想いが伝わってきました。
2月16日から公開される、劇団「新宿梁山泊」による舞台『ロミオとジュリエット』の美術も担当。従来のイラストレーターの枠にとらわれず、演劇や広告など幅広い仕事をしながらも自らを「イラストレーター」と名乗ることにこだわる理由とは。今年で79歳を迎える現在もなお第一線で活躍する宇野さんに、変容する時代の中で歩んできたイラストレーターという仕事への考え方を伺いました。

劇をつくるうえで感じる「面白さ」の意味
演出家の希望に近づけるために

2月16日より公開の、劇団「新宿梁山泊」による『ロミオとジュリエット』の舞台美術を担当しました。演出家との打ち合わせで、当時の時代をそのまま再現するのはやめようという話になったのですが、だからといって現代に持ってくるのではつまらない。いつの時代のどんな人たちが出てくるのかも分からない設定にしたいということで、「時代不明、国籍不明」をテーマにつくることになりました。
2人が一晩ベッドで過ごした翌朝、ロミオが2階のバルコニーから下りてくる有名なシーンがあるのですが、劇場自体4メートルくらいしかない低いところなので、二階屋ができないんです。それをどうしようかと悩みました。また、演出家が「人形を作って、それを劇中で使いたい」とも言っていて、どこを人形にして、どうやって見せるか、なども考える必要がありました。
なかなか大変な作業なんですが、こういったアイディアをどう劇中に落とし込んでいくかを考えることが面白かったりするんですよね。

「誤読」から広がっていく、イメージの幅

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HILLSCAST収録風景

60年代の演劇というのは、すでにできあがった戯曲を演劇にするのと違い、まだ書き起こした台本ができていないうちに、ポスターをつくらなきゃいけなかったんです。
例えば、寺山修司さんの『新宿版千一夜』という芝居用に、裸の女性がおっぱいからミルクを絞ってソーサーに注いでいる絵を描かせてもらったのですが、寺山さんがそれを見て、演劇の中に僕の絵と同じシークエンスをつけ加えたんです。ポスターの要素を演劇の中に入れてくれることがよくありました。そう言った意味では、寺山さん自身に、「ビジュアル表現と演劇とがバラバラでも構わない」という考え方があったような気がします。
今でも芝居をつくるときには、「正確に本質をつかむ」とか「テーマは何だ」というよりも、演出家と僕との「誤読」が結構面白いと思っています。ストーリーを間違って解釈したり、間違って思考を巡らせる、そういった「間違い」によって、イメージの幅が広がっていく気がします。

プロフール

1934年名古屋生まれ。1952年名古屋市立工芸高校図案科卒業。画家の宮脇晴に師事後、カルピス食品工業、日本デザインセンターを経てフリー。1964年スタジオ・イルフイルを設立。翌年離脱後、同世代を代表するイラストレーターと共に東京イラストレーターズ・クラブ設立。日宣美特選、日宣美会員賞、講談社出版文化賞、サンリオ美術賞、赤い鳥挿絵賞、日本絵本賞等を受賞。1999年紫綬褒章受章。2010年旭日小綬章受章。
主な作品に「宇野亜喜良60年代ポスター集」「サロメ」「少女からの手紙」「奥の横道」「MONO AQUIRAX +」、絵本に「あのこ」(今江祥智・文)「白猫亭」「上海異人娼館」(寺山修司・原作)、詩画集「ami」等多数。キュレーターや舞台美術も手掛ける。