森ビル株式会社

新しいこと、ノスタルジー。東京の魅力の多面性(第4回)

2012年05月25日

今月のゲスト:作家 有吉玉青さん

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流麗な文体で紡ぐ小説やエッセイで読者を魅了する作家の有吉玉青さん。生まれも育ちも東京の彼女にとって、東京はやはり特別な場所なのかもしれません。
今年4月に出版した『美しき一日の終わり』は、70歳の女性の一生に寄り添う小説。女性が長い人生の間、胸の奥にしまい続けてきた恋心を、慈しむように描写した作品です。物語のなかでは、彼女の人生と戦後東京の昭和史が重なり合い、個と社会のつながりを通じて時代の変遷も描かれていきます。
さらに実母で作家の有吉佐和子さんの影響もあり、舞台鑑賞や美術館、映画館などへ出かけるのが大好きと言う有吉さん。エッセイなどにはしばしば鑑賞の様子やストレートな感想が登場します。東京という都市への向き合い方、楽しみ方を幾通りも知る彼女に、東京への思いを尋ねます。

劇場や美術館に行くことが人生の喜び
きっかけは母に連れられて観た『マイ・フェア・レディ』

私は、舞台や映画、美術の展覧会に行くのがとても好きなんです。舞台だったら特にミュージカル。この6月刊行の『はじまりは「マイ・フェア・レディ」』という文庫には、舞台や映画、絵画にふれた折々に書いてきたエッセイを収めています。
母が非常に芝居好きで、自分が観たい公演に、よく私も連れて行ってくれました。そのなかでも、小学生のときに『マイ・フェア・レディ』のミュージカルを観た感動が、今につながっているんです。そこから、本のタイトルをつけました。

染み込んだ思い出まで含めたすべてが「作品体験」

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文庫『はじまりは「マイ・フェア・レディ」』

作品を論じるわけではないんです。ただ、観ること、また観に行くのが楽しいんですね。例えば、前に見た絵をもう一度見る機会があると、それを見たときのことを思い出しますよね。
作品には思い出が染み込むようで、誰と行ったとか、その絵を見てどんな話をしたとか、そのあと、あのお店でおいしいものを食べたとか…。そういうことを含むすべてが、作品体験だと思っています。

オランダの画家、フェルメールへの想い
すべての作品を見に、旅に出かけた

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フェルメールのオランダを旅した写真

日本では17世紀オランダの画家、フェルメールが人気で、このところ彼の作品が毎年のように日本の美術館に来てくれます。6月にも上野の東京都美術館に『真珠の耳飾りの少女』がやってくるので、楽しみにしています。
フェルメールの作品に出会って言葉を失うほど感動して、すべて見たいと旅をしています。その旅のことを、『恋するフェルメール』という本にまとめたこともあり、「フェルメールの魅力は何ですか?」と聞かれることがあるんです。でも、ひと言ではとても言えないし、その美しさや感動を表現できないので、こういう機会があると、「ぜひ展覧会に行って、見てください」って言いたくなります。
フェルメールを追う旅を始めた時には、いつの日かこの感動を言葉で表現できると思っていました。でも作品を見るうちに、むしろ感動を言い表すことはできないんだとわかってきたんですね。それで、あえて言葉にしようとすることをやめました。だから「見てください」と言うのです。美しさを感じてください、と。この「感動は言葉にならない」とわかったことは、フェルメールを見る旅の収穫だったと思っています。

プロフール

作家。1963年生まれ。東京大学大学院在学中の1989年に、母との思い出を描いた『身がわりー母・有吉佐和子との日日』を上梓し、翌年、坪田譲治文学賞受賞。小説作品の最新作に『美しき一日の終わり』(講談社)。また、茶道や舞台鑑賞、フェルメール作品の全点踏破など、多彩な趣味も持ち、エッセイも幅広く執筆している。観劇や映画、美術評をまとめた『はじまりは「マイ・フェア・レディ」』(小学館文庫)が今年6月に刊行予定。