森ビル株式会社

新しいこと、ノスタルジー。東京の魅力の多面性(第1回)

2012年05月02日

今月のゲスト:作家 有吉玉青さん

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流麗な文体で紡ぐ小説やエッセイで読者を魅了する作家の有吉玉青さん。生まれも育ちも東京の彼女にとって、東京はやはり特別な場所なのかもしれません。
今年4月に出版した『美しき一日の終わり』は、70歳の女性の一生に寄り添う小説。女性が長い人生の間、胸の奥にしまい続けてきた恋心を、慈しむように描写した作品です。物語のなかでは、彼女の人生と戦後東京の昭和史が重なり合い、個と社会のつながりを通じて時代の変遷も描かれていきます。
さらに実母で作家の有吉佐和子さんの影響もあり、舞台鑑賞や美術館、映画館などへ出かけるのが大好きと言う有吉さん。エッセイなどにはしばしば鑑賞の様子やストレートな感想が登場します。東京という都市への向き合い方、楽しみ方を幾通りも知る彼女に、東京への思いを尋ねます。

たくさんのことに挑戦した最新小説
人の一生というテーマ

『美しき一日の終わり』という小説を最近出しました。「一日」と書いて「イチジツ」
と読みます。小説の中では、1950年代から現代までの時間が流れています。
前から、人の一生というテーマに挑戦してみたかったのです。この小説の主人公は70歳の女性です。作中では、彼女に好きな人ができた15歳の時から70歳の現在に至るまでの、その恋愛を書きました。主人公の女性と、彼女が心を寄せ続けた男性は、いわゆる禁断の愛で、絶対に結婚はできない2人なんですね。そういう関係にしたのは、実らない恋愛を書きたかったからです。耐えなければいけない、忍ばなければいけない、隠さなければいけない、そういうことを書いてみたいと思いました。

過去を書くことで知る、時代の面白さ

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単行本「美しき一日の終わり」

主人公の女性は現在70歳ですから40年代の生まれ。私は60年代前半の生まれなので、自分がまだ生まれていない時代、そして、まだ物心がついていない時代のことも書かなければならなかったんですね。70歳の人の人生を書くわけですから。もちろんたくさんの資料に当たるのですが、知らない時代を書くことは難しい。本当にできるかしらと、はじめはすごく心配でした。
でも、書いていて思ったんですけど、60年代や70年代というのは時代そのものが面白いんですね。社会の出来事を書いていくことで、物語も動いていく。それくらいに、いろいろな意味で面白い時代だったのだと思います。

プロフール

作家。1963年生まれ。東京大学大学院在学中の1989年に、母との思い出を描いた『身がわりー母・有吉佐和子との日日』を上梓し、翌年、坪田譲治文学賞受賞。小説作品の最新作に『美しき一日の終わり』(講談社)。また、茶道や舞台鑑賞、フェルメール作品の全点踏破など、多彩な趣味も持ち、エッセイも幅広く執筆している。観劇や映画、美術評をまとめた『はじまりは「マイ・フェア・レディ」』(小学館文庫)が今年6月に刊行予定。