森ビル株式会社

都市がもつ歴史の痕跡に耳を澄ませる(第4回)

2011年04月22日

今月のゲスト:作家 木内 昇(きうち・のぼり)さん

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明治初期の遊廓で繰り広げられる人間模様を描いた『漂砂のうたう』(集英社)で、第144回直木賞を受賞した作家の木内昇さん。光がさし、花が匂いたつようなリアルな感覚が、時代を越えて迫ってくるその世界は、どうやって紡ぎ出されるのでしょうか。
時代小説の愉しみ方、直木賞受賞後の今思うこと、そして「記憶を持つ土地に惹かれる」と話す木内さんがこれから描いてみたい場所…。低く穏やかな声が語るお話は、小説をとりまくさまざまへと広がっていきました。

第4回 編集者から作家へ

私はもとは編集者でした。雑誌の編集に携わっていたのですが、いろいろなスタッフと協力して、いちばんいい形で情報を届けることも、必死になってつくったそれが読み捨てられてしまう刹那的な部分も、すごく面白く感じていました。やりたいことも次々に出てくるし、楽しくてしようがありませんでしたね。
編集者になるのは高校生の頃くらいからの夢でしたから、実際になれたことで、ひとつ夢が叶ったみたいなところがあった。だから実は、「小説家になりたい」というような気持ちを持った覚えはないんです。私自身はわりと客観的に物事を見るタイプ。小説家ってもう少し、自意識が強いというか、主観性がある人に向いた職業というような気がしていましたから。
それが『東京の仕事場』というインタビュー本をつくったときに、「何か本を出しませんか?」とお声がけくださった編集の方がいらして。興味があることなど、いろいろ話をしながら書き始めたものが、『新選組 幕末の青嵐』という本になったんです。そこから少しずつ、小説を書くというお仕事をいただくようになりました。

“作家”であり続けるために

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HILLS CAST収録風景

そんな具合に、小説の世界に入ったのは偶然のきっかけからでしたが、小説を書くことの奥深さは、今も日々実感し続けています。小説には「これがいい」という答えはない。物語の運び方も終わらせ方も、何百通りでもある中から模索してつくっていくのは本当に終わりのない、興味深い仕事です。
でも実は、“小説に取り組む書き手”としては仕事を頑張れていても、“作家”だという意識はなかなか持てませんでした。“作家”という肩書きは、自分で言うものじゃなくて、人に言われて初めて成立するように思うので、「編集者です」とは堂々と胸を張って言えていたのに「作家です」と言うことにはすごく抵抗があったんです。
それでも、今は、きちんと自分から名乗っていこうという気持ちになっています。そうして、“作家”という肩書きが保てるような仕事を、続けていこうと。それこそが、作家になるということなのかもしれないと、思っているんです。

プロフール

1967年東京都生まれ。中央大学文学部哲学科心理学専攻卒業。出版社勤務、フリー編集者を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』(アスコム/集英社文庫)で小説家デビュー。09年、第2回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。11年『漂砂のうたう』(集英社)で、第144回直木賞受賞。作品に『地虫鳴く』(河出書房新社/集英社文庫)『茗荷谷の猫』(平凡社)『浮世女房洒落日記』(ソニー・マガジンズ)。