森ビル株式会社

都市がもつ歴史の痕跡に耳を澄ませる(第3回)

2011年04月15日

今月のゲスト:作家 木内 昇(きうち・のぼり)さん

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明治初期の遊廓で繰り広げられる人間模様を描いた『漂砂のうたう』(集英社)で、第144回直木賞を受賞した作家の木内昇さん。光がさし、花が匂いたつようなリアルな感覚が、時代を越えて迫ってくるその世界は、どうやって紡ぎ出されるのでしょうか。
時代小説の愉しみ方、直木賞受賞後の今思うこと、そして「記憶を持つ土地に惹かれる」と話す木内さんがこれから描いてみたい場所…。低く穏やかな声が語るお話は、小説をとりまくさまざまへと広がっていきました。

第3回 淡々と過ぎた直木賞受賞後の日々

今年の1月に『漂砂のうたう』で直木賞をいただきました。まだ4作目の小説ですし、直木賞というのはもっと名前が売れている方がとるようなイメージがあって、自分にとっては遠い賞だったんですね。だから候補になったことはもちろん、受賞のご連絡をいただいてからも「意外…」という感じで、なんだか全然実感が湧きませんでした。
そんなこともあって受賞会見の様子も、「普段着で会場へ」なんて報道されてしまって、ちょっと複雑な思いになりました。今回は芥川賞・直木賞ともに背景が経歴が多彩な方が揃いましたから、私だけよほど何も書くことがなかったんだろうと(笑)。
生活にも仕事にも大きな変化はなく、編集者の方もまだきちんと新人扱いをしてくださるし、いい意味で厳しい環境に置いてもらえているので、これからちゃんとした仕事を続けていければと思っています。

新しい小説の世界に触れる機会としての文学賞

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直木賞受賞作『漂砂のうたう』カバーより

日本にはあらゆる文学賞がある。賞をとることで名前が知れたり、その作家の作品を手にとる機会になっているのは、すごくいいことだなと思います。特に芥川賞と直木賞は、ノミネート段階から話題になるので、自分が読んでみて持つ感想と選考結果とを比較して、いろいろな読み方に触れることもできる。それはとてもいい体験になるだろうな、と思います。
だからこそ、その後の報道で作品よりも作家にだけスポットがあたってしまうような傾向には、少し残念に感じるところもありました。小説家は影にいるものだと思っているので、もっと「何のことを書いたのか」を教えてくれるところがあってもよかったんじゃないかなと。
それから、その賞ごとにもう少し個性が際立っていくといいなとも感じますね。音楽ならば、紅白歌合戦を見る人と、フジロックフェスティバルへ行く人は、層が全然違う。文学賞にももっとそういうことが起こっていいと思うんです。小説が読まれなくなった、とよく言われるけれど、文学賞以外の盛り上げ方を考えるべき時に来ているのかもしれませんね。

プロフール

1967年東京都生まれ。中央大学文学部哲学科心理学専攻卒業。出版社勤務、フリー編集者を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』(アスコム/集英社文庫)で小説家デビュー。09年、第2回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。11年『漂砂のうたう』(集英社)で、第144回直木賞受賞。作品に『地虫鳴く』(河出書房新社/集英社文庫)『茗荷谷の猫』(平凡社)『浮世女房洒落日記』(ソニー・マガジンズ)。