森ビル株式会社

都市がもつ歴史の痕跡に耳を澄ませる(第1回)

2011年04月01日

今月のゲスト:作家 木内 昇(きうち・のぼり)さん

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明治初期の遊廓で繰り広げられる人間模様を描いた『漂砂のうたう』(集英社)で、第144回直木賞を受賞した作家の木内昇さん。光がさし、花が匂いたつようなリアルな感覚が、時代を越えて迫ってくるその世界は、どうやって紡ぎ出されるのでしょうか。
時代小説の愉しみ方、直木賞受賞後の今思うこと、そして「記憶を持つ土地に惹かれる」と話す木内さんがこれから描いてみたい場所…。低く穏やかな声が語るお話は、小説をとりまくさまざまへと広がっていきました。

第1回 都市緑化は、日本人の得意分野!?

5年ほど前、森ビルさんからの依頼で『風景の手入れ』という小さな本をつくりました。六本木ヒルズやアークヒルズなど、森ビルが手がけた建物やその敷地内にある緑化された空間を、ホンマタカシさんの写真とともに伝えるものです。
私自身は、そのほとんどの場所へ、この本をつくるときに初めて行ったのですが、想像以上の緑化がなされていることにとても驚きました。それぞれの緑化に不自然な感じは覚えず、むしろ、こういうことって日本人は得意だよな、と。
日本ではよく、路地裏の植栽の風景を目にしますよね。「どんなところにでも緑を植えてやる」という、一種スポ根的な思い入れを感じる緑の風景って、あちこちにあると思うのですが、あれは無理してやっているわけではなく、そういう工夫を楽しめる民族なんだと思うんです。
とてもビルの狭間にいるとは思えないような緑の空間をつくることに、森ビルが会社としてきちんと予算をかけているのはすごくいいことだと、素直に思いますね。私の家にも小さな庭があるので、真似しようと思ったのですが、未だにできていません。(笑)

土地の痕跡を大切にして、“東京らしい”東京に

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アークヒルズ

よく、古地図を見ながら東京を歩いて回ります。地形や、土地に流れる独特の湿気や雰囲気に想像力を刺激されるんですよね。『漂砂のうたう』を書くときにも、舞台となる根津をかなり歩いたのですが、そこでじかに感じとったことは、細部を想像で補いながら作品へと組み入れられていきました。東京って、そういう風に歴史の痕跡を感じとることのできる場所がとても多い都市。だから本当に面白くて、私の職業はどこに住んでいてもできるけれど、東京を離れることはないだろうな、という予感があるんです。
もともと東京は、江戸の気風というか、“粋でいなせ”なものを持った土地柄でした。これからは、やたらと刺激ばかりを求めて街をつくっていくよりは、その元からある粋な感じを意識していくと、東京がより東京らしくなるんじゃないかな、という気がしています。すでに積み重なっている文化や時間がある土地なのだから、それを単に更新していくだけではもったいない。もう少し大事にしていくといいのかもしれないですね。

プロフール

1967年東京都生まれ。中央大学文学部哲学科心理学専攻卒業。出版社勤務、フリー編集者を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』(アスコム/集英社文庫)で小説家デビュー。09年、第2回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。11年『漂砂のうたう』(集英社)で、第144回直木賞受賞。作品に『地虫鳴く』(河出書房新社/集英社文庫)『茗荷谷の猫』(平凡社)『浮世女房洒落日記』(ソニー・マガジンズ)。