森ビル株式会社

二つの展覧会から発信する森村泰昌の世界(第4回)

2010年03月26日

今月のゲスト:美術家 森村泰昌さん

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ゴッホ、マリリン・モンロー、三島由紀夫まで、自ら歴史上の人物に扮装して撮影するセルフポートレイトという表現を追求し続ける、美術家の森村泰昌さん。『六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?』(森美術館にて3月20日から7月4日まで)での他のアーティストとの共演や、「20世紀の男たち」をテーマとする新作シリーズを紹介する展覧会『森村泰昌・なにものかへのレクイエム-戦場の頂上の芸術』(東京都写真美術館にて3月11日から5月9日まで)で、さらなる表現の広がりを見せる。自分と「その他の何か」、そして地元・大阪と東京を行き来する森村泰昌さんの視点は、何を捉えているのだろうか。

第4回 東京は、巨大なコンベンションセンター

大阪に住んでいるからか、東京は忙しい街だと感じてしまいます。
本当にたくさんの人がいるし、朝から深夜まで動いている。大阪から来ると、ちょっと忙しすぎるかなとは思うんです。それだけ忙しい街ですから、本当にたくさんの出来事がある。多くの人が集まり、るつぼと化している状態というのはとても都会的で、それが魅力につながっていくんだと思いますね。
東京という街は、いわば巨大なコンベンションセンターのようなものだと思うんですよ。たくさんの人が来て、たくさんの興味が持たれる。そういう意味ではある種、“街全体が見本市会場”のような、そんな感じがします。
僕たち日本人は、必ずしも東京に絶対住んでいないといけないとは思わないんです。いろいろな街に、いろいろな人が住んでいることこそが、本当は重要なことだと思います。各地で作られたり考えられたりしたものをこの東京という大コンベンションセンターに持ち込んで、みんなでワイワイガヤガヤする。東京を見ると、そんなふうになったらいいなと思うんです。

自分の居場所に自信を持つこと

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映像作品『海の幸・戦場の頂上の旗』2010

大阪で生まれ育って、今も住んでいるので、私にとって愛も憎も入り混じった場所が大阪です。大阪に住んでいると、東京とも新幹線で2時間半ぐらいのほどよい距離感あって、それが丁度良い。
逆に東京にい続けると、東京のことがよくわからなくなるんじゃないかなと思っていて、埋没してしまいたくないと思うんですね。でもあまりにも遠くにいると、東京のことがよくわからなくなってしまうし、大阪ぐらいの距離がちょうど良い間柄になれるような気がします。それは今でも大阪に住み続けている理由の一つですね。東京という街で何かを発表すると、たくさんの話題につながるのでみんな憧れるんです。憧れるのはいいことだし、東京で何か実現していけばいいなと思いますけれど、“憧れ”だけで東京に行くと痛い目にあうと思います。それ以前に、自分の住んでいるところを自分の中で大切にしていくのが、私はいいと思うんですでもそこから一歩も動かないぞというのは閉鎖的です。『自分の居場所』にしっかりと自信を持ちながら、東京や海外に行けば、空気や、感受性、ものの考え方、スタイル、そういうものの違いがわかるんですよ。違いがわかるというのは、すごく勉強になります。東京という街には埋没しないで、私は大阪で、東京と良い関係を保ちながら長続きするつき合いをしていけたらいいなと思いますね。
私はいつも大阪から東京ににらみを利かせて作品をつくっています。

プロフール

1951年大阪府生まれ。京都市立芸術大学美術学部卒業後、絵画、童話、版画、モノクロ写真などによる試行錯誤を経て、1985年、ゴッホの自画像に自らが扮して撮影するという、セルフポートレイトを発表。現在に至るまで、一貫してセルフポートレイト表現を追求してきた。1988年、ベネチアビエンナーレ/アペルト部門に選ばれ、一躍注目される。以降、海外での個展、国際展にも多数出品。また宝塚歌劇のポスターのディレクションやイッセイミヤケのプリーツプリーズ/アーティストシリーズの第一弾をてがけるなど、作品制作のノウハウを活かして、多方面に活躍中。作品集も含め著作多数。