森ビル株式会社

現代美術作家が見た歴史と都市と世界(第3回)

2010年03月19日

今月のゲスト:現代美術家 杉本博司さん

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現代美術家の杉本博司さんは、「劇場」や「海景」などの作品が世界的に高く評価され、精力的に作品を発表し続けてきた。2009年に伊豆にオープンした『伊豆フォトミュージアム』や、現在進行中の文化財団の設立、U2の最新アルバムのジャケットワークなど、活躍の場をさらに広げている。芸術で得たお金は芸術に還元するという杉本さんは、現代美術家と言う視点から、社会へのメッセージを発信している。

第3回 東京の原風景の中で育った少年時代

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「杉本博司:時間の終わり」展
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

私は、下町の御徒町というところで生まれました。後から気がついたのですが、僕の生まれたブロックは、戦争で焼け残ったブロックだったのです。ファサードに銅版でできた看板が残っていて「入谷区」と書いてあるんです。戦前は台東区という名称ではなかったんでしょうね。そういう迷路のような路地がいっぱいある独特の下町の中で、子ども時代を過ごし、戦争で焼ける前の東京の原風景を感じることができたので、僕ははっきり言って戦前の日本人として生まれたのと同じなんですよ。
戦前の街で生まれて育って、今はニューヨークを拠点に仕事をしていて、巡回展がある時は、その他の国へも行きます。
混沌とした戦後の、占領時代に生まれたので、アメリカでは「どこで生まれたんだ?」と聞かれると「オキュパイドジャパンで生まれた」と言います。日本が独立国ではなく、アメリカの占領地で生まれたということが、僕の意識には、やはり影響していると思います。中学からは、立教中学に通ったのですけれど、そのときに池袋駅前を通過する。池袋駅前には、闇市というのが残っていました。戦後の混乱の中で自動発生的に生まれた場所です。「絶対入っちゃいけない」と言われていたのですが、僕はそこが好きで、禁止区域を潜って通学していました。その辺から拾ってきたトタンなどを使って建てられた建物が並んでいる風景は、今のハイチの地震の後で、仮に住んでいるような風景と重なります。それが、そのまま30年代まで続いていたということです。
現在の池袋芸術劇場があるところです。その反対側には東条英機や、A級戦犯が処刑された、巣鴨刑務所がありました。それが現在のサンシャインですね。当時、自転車で通学しましたが、高い塀があって、その塀を通って、闇市の中を入ると、もつ焼き屋とか、もつ煮屋とか、非常に大きな鍋で、グツグツ、グツグツ得体の知れない肉が煮えている。その奥では、畳1枚にばあさんがずっーと寝ている、そういう風景がありました。あそこが巣鴨の監獄だったんですよ。今では信じられない光景です。そういう場所で育った僕が、六本木ヒルズの森タワーに来ると、「外国みたい」と思っちゃうんですけれどね。

これからの東京

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「杉本博司:時間の終わり」展
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

僕のアトリエは、ちょっと高台にある築40年の古いマンションの7階にあります。20年ぐらい前から、見渡す景色はどんどん変わっていきました。バブル崩壊後も、絶えず建物は建ち続けている。20年前は、東京湾も、千葉まで見えたのですが、今では何も見えなくなった。経済状況が悪い、悪くないにかかわらず、どんどん増殖していますよね。
一方で、東京を見渡すと意外に緑地が多いことに気づきます。皇居があって、その周りにグリーンベルトが連なり、青山墓地や、新宿御苑がある。世界の都市から比べてみると、ある意味では、広大な敷地の中で、何のコントロールもなく自然発生的にできた割には、良い方だと思います。更に、安藤忠雄さんも、東京湾を緑地化しようという『海の森』という運動など、いろいろなことをやっています。風が吹くと、緑地によって浄化された風が循環して、東京に流れてくる。どちらにしても、日本がこれ以上の経済発展をすることはないと思います。これからどのように循環型の街に、戻っていくのかなと考えることがあります。東京も、ニューヨークも100年後にはどうなっているのでしょうか。

プロフール

1948年、東京生まれ。立教大学経済学部卒業後、1970年に渡米。ロサンジェルスのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学び、ニューヨークに移住。以降、ロサンジェルス現代美術館、メトロポリタン美術館、グッゲンハイム美術館、カルティエ財団など世界の著名美術館での個展のほか、数多くのグループ展、国際展に参加。1989年「毎日芸術賞」、2001年「ハッセルブラッド財団国際写真賞」受賞。現在、ニューヨークと東京在住。