森ビル株式会社

現代美術作家が見た歴史と都市と世界(第2回)

2010年03月12日

今月のゲスト:現代美術家 杉本博司さん

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現代美術家の杉本博司さんは、「劇場」や「海景」などの作品が世界的に高く評価され、精力的に作品を発表し続けてきた。2009年に伊豆にオープンした『伊豆フォトミュージアム』や、現在進行中の文化財団の設立、U2の最新アルバムのジャケットワークなど、活躍の場をさらに広げている。芸術で得たお金は芸術に還元するという杉本さんは、現代美術家と言う視点から、社会へのメッセージを発信している。

第2回 杉本流お金の使い方「芸術で得たお金は芸術に還元する」

まさか自分が、お金があり過ぎて困るという状況が来るとは、全く夢にも思っていなかったので、お金というものに対して自分がどのように対処すれば良いかという姿勢が整っていなかったですね。その状況になってから、急に考えざるを得なくなってしまった。
そこで、小田原文化財団という財団を立ち上げて、自分の制作活動の拠点を徐々に、財団の活動にうつしていこうかと考えています。自分のためだけに活動するのではなく、ある意味では世の中のためになるような仕事、例えば古代演劇の復活や、古典芸能に取り組む若手の援助や、舞台稽古をする場所を提供する等『自分の活動』と『自分の興味』と、すべてが一体化するような。自分のチームみたいなものをつくって、1人ではできないことも、みんなでやれば面白いことができる、そういうような方向でできればいいなと思っています。年とともに徐々に軸足は日本に傾いてくると感じます。
昨年の活動で面白い試みとしては、U2のボノと、非常にかかわりが深くなったことがきっかけで、『ノー・ライン・オン・ザ・ホライズン』という新しいアルバムのジャケットを担当しました。U2のボノが杉本ファンであるということを知り、ある日、知り合いのコレクターが僕に黙って連れて行った先がボノの家で、僕は「このおっちゃん誰だろうな? 見たことあるな」と思っていたら、一緒に曲づくりまでかかわるように親交を深めるようになりました。「アルバムのジャケットに作品を使いたい」といわれて、「絶対にお前の名前も何にも入れちゃいけない。今までのポリシーで、杉本作品は、作品の上に何か文字が載るとかあり得ないんだよ」って伝えたら、まあ諦めるだろうと思ったら、「それでもいい」と言う。
その次に、いくら払うかということになるわけですが、大規模なプロダクションに所属しているので、大金が発生してしまう。そこで、「じゃあ、交換しよう」と、「その曲を僕が使う権利と、君が僕の映像を使う権利を交換しよう。」ということになりました。これは、原始共産社会における物々交換みたいなものですよね。ボノも「これは面白い」ということで、意気投合して決着しました。
これは、この世の中で、ある1つの価値をどのように扱うかという面白い実験だと感じています。まだ、私はボノの曲を使ってはいませんが、永遠にサスペンドというのはなかなか格好いいんじゃないかな。

インターナショナルなアーティストは俯瞰できる視点が必要

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「杉本博司:時間の終わり」展
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

自分が日本人だということは逃れられないわけで、一生ニューヨークに骨を埋めようとも思っていません。今こういう世の中ですから、どこが拠点ということもなくなってきているので、お呼びがかかったところに出かけていくというのが、アーティストの商売のスタイルなんですよ。
自分が日本人であることを意識し始めた、というよりは、グローバル化しているなかでいかに日本が全体から浮いているか、いかに特殊な分明であるかということが、相対的にわかってきました。海外を拠点にして、どっぷりとユダヤ教やキリスト教文化のなかで作品制作をしていると、そういった宗教観を持つ人々にわかるようなロジックで制作しないと理解してもらえないということがあるんです。同時に、そのロジックでもう一度日本を見るという訓練もできていますし、日本を西洋的な文脈に置き換えることによって、それが作品化されていくということにもなります。
常に、俯瞰できる視点を身につけるということが、インターナショナルな活動をするアーティストとしては必要だと思っています。

プロフール

1948年、東京生まれ。立教大学経済学部卒業後、1970年に渡米。ロサンジェルスのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学び、ニューヨークに移住。以降、ロサンジェルス現代美術館、メトロポリタン美術館、グッゲンハイム美術館、カルティエ財団など世界の著名美術館での個展のほか、数多くのグループ展、国際展に参加。1989年「毎日芸術賞」、2001年「ハッセルブラッド財団国際写真賞」受賞。現在、ニューヨークと東京在住。