森ビル株式会社

芸術とはコミュニケーションであり、都市の必需品である(第2回)

2010年02月12日

今月のゲスト:日本画家 千住 博さん

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羽田空港第2ターミナルの天井画等のデザインや、トヨタ・レクサスのミラノサローネ出展の際のアートディレクションも手掛け、日本画家として世界に名を馳せる千住博さん。現在も現役で作品を作りながら、京都造形芸術大学で学長を務める千住さんが重要視しているのが「芸術的発想」だ。人間になくてはならないもので、都市を救うキーとなる「芸術的発想」とは、一体どのようなものなのか。千住さんにお話しを伺った。

第2回 「芸術的発想」のできる人を育てたい

現在私は、京都造形芸術大学で学長を務めています。実は、大学で教えるということ自体、芸術的行為なんですよ。イマジネーションがいかに大切か、コミュニケーションがいかに大切かということを若い人に伝えていくということは、とても重要なことなんです。
今、日本で起きている事件や事故のほとんどは、「こんなことをしたら、どうなるんだ」という、イマジネーション力が足りないことが原因だと私は考えています。例えば、「いじめ」もイマジネーション不足からきています。「相手も同じ人間」という、コミュニケーションの意識が不在なんですね。今、日本人は全体的に、芸術的な発想というのがすごく足りないのではないでしょうか。自分のイマジネーションを何とかしてコミュニケーションしていこうという意識が芸術的発想です。
芸術的発想において重要なのは、まず一番最初に、相手の話を聞くということ。そして自分の気持ちを何とかして伝えたいと思うことなんですね。この発想が足りないと一方的な伝達であったり、一方的な通告、告知であったりするわけです。そうなると人間関係は非常に殺伐としてしまいますし、誤解や無理解を呼び、例えばそういうものの延長線上に戦争があるのかもしれません。
私は大学で、必ずしも画家とか彫刻家を育てたいわけではありません。“芸術的発想のできる人間”を育てたいのです。そもそも本来は、誰もが芸術家だったんです。例えば小さなころに、小さな石をお父さんやお母さんに見せて、「今日、僕はこんな石を拾ったんだよ」と伝える。これはまさに芸術家の行為です。「僕はこんな美しい物を見つけた、どうぞ見てくれ」と。これはプロの芸術家たちが展覧会をやる発想と全く同じなわけです。でも、それが大人になるにつれてどこかで忘れられてしまうんですね。
例えば、景気が悪かったりすると世の中全体が殺伐としたりする。そういう中で、健全な人間の持っているコミュニケーションしたいという意識、「みんな一緒だ」という意識全てが弱まっていってしまうのではないでしょうか。そのような環境の中でも、本来持っていた意識を思い出させて、本当にすばらしい日本をつくっていくということを考えていった場合に、その芸術的発想こそが本当に大切だと思っているわけです。だから大学で芸術のことを若い人たちにコミュニケーションするということが、今の日本にとって大切だと思っています。

人間は「芸術的発想」なしには生きられない

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Waterfall グランド ハイアット 東京 2003年

人間というのは結局、芸術なんですよ。かつて岡本太郎という芸術家が「あなたの職業は何ですか?」と尋ねられたときに、「人間だ」って答えたんですね。これに勝る名回答はない。つまり“人間”というのは自分のイマジネーションをコミュニケーションする生き物なんですよ。だから芸術的発想というのは人間にとっては、本当に大切なんです。今それが何となく弱まっているんじゃないのかなと感じていて、それは私がとても危惧していることの一つです。
今のこの時代、芸術がなければ人間は生きていけないと思うんですね。身の回りで、芸術的なものがない時代はどういう時代だろうと考えてみてください。例えば、着ている服はどうなるのか、ただ身にまとっていればいいのか。料理はどうなるのか、単なる餌でいいのか。そして壁に絵1枚もない、音楽ひとつ流れない環境というのは、どういう環境なんだろう。これは多分、暮らしていけない、これ以上ないという殺伐を生むと思うんですね。
人間は、やはり芸術的な発想なくしては生きていけない。
なぜならば、芸術はコミュニケーションですから、コミュニケーションを放棄すれば、みんなそれぞれが孤立をしてしまう。自分は1人であるということになってしまう。これでは、人間は生きていけません。
 そもそも人間というのは人の間って書きますでしょう?人とのコミュニケーションがあって初めて人間なので、そういう意味でも芸術的発想と人間というのは切っても切れない存在なんです。そう考えると、芸術家といわれる人々の役割は、とても重要なことだと思うんですよね。

プロフール

1958年、東京都出身。1982年東京芸術大学絵画科卒業。1987年同大学院博士課程を修了。以降、世界各国にて個展を開催し、日本画家として名を馳せる。1993年画集「フラット・ウォーター」(求龍堂)刊行。ニューヨーク・ギャラリー・ガイドの表紙に選出される。95年第46回ヴェネチア・ビエンナーレ絵画部門で東洋人初の優秀賞受賞。2002年第13回MOA美術館岡田茂吉賞絵画部門大賞受賞。2007年4月より京都造形芸術大学学長就任。近年の代表作に、大徳寺聚光院別院の全襖絵、ホテル・グランドハイアット東京の壁画などがある。『千住博画集-水の音』(小学館)、『絵を描く悦び』(光文社)などの画集・著書多数。