森ビル株式会社

芸術とはコミュニケーションであり、都市の必需品である(第1回)

2010年02月05日

今月のゲスト:日本画家 千住 博さん

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羽田空港第2ターミナルの天井画等のデザインや、トヨタ・レクサスのミラノサローネ出展の際のアートディレクションも手掛け、日本画家として世界に名を馳せる千住 博さん。現在も現役で作品を作りながら、京都造形芸術大学で学長を務める千住さんが重要視しているのが「芸術的発想」だ。人間になくてはならないもので、都市を救うキーとなる「芸術的発想」とは、一体どのようなものなのか。千住さんにお話しを伺った。

第1回 いまだに郷愁を感じる、都市の風景

私にとって東京は、生まれ育った街。小さい頃からずっと慣れ親しんでいる自分の唯一のふるさとです。ふるさとが地方にある方からすれば、木や山、川のある風景を懐かしむのかもしれませんが、私には横断歩道や、立体交差、首都高速の上を車が走っていたりするようなことが懐かしい風景なんです。
ニューヨークに住んで15年ほど経ちますが、本当に、都市は懐かしい場所です。東京という都市は、20年30年たって久しぶりに同じ場所に行ってみると、昔の建物がひとつ残っているだけでもすごく懐かしい。でもそれは非常に奇妙な印象ですよね。私は渋谷区の広尾や恵比寿の近辺にある小学校に通っていたので、学校から渋谷駅に向かって友達と歩いたり、その頃まだ走っていた都電に乗ったり、バスに乗ったりしていた思い出が残っていて、今でもその場所を車で走るだけで、懐かしさがこみ上げてきます。とても好きな場所ですね。
六本木ヒルズの、眺めが美しい上層階には私もメンバーに入っている六本木ヒルズクラブや、森美術館がある。特に森美術館は、南條史生さんという非常に見識の高い館長がディレクションされています。「森美術館に行くと、世界のスタンダードがある、世界の最先端がある」と感じます。そういうことはとても大切なんですよ。
高層であれだけの美術館があるというのは、世界でも本当に珍しいのではないでしょうか。そういう意味でも、森美術館というのは、世界の美術関係者がしっかり頭に入れて認識をしている、数少ない美術館の1つだと思います。私も何回か、森美術館に作品が展示されたことがあるわけですが、やはり東京という都市の1つの顔として、文化的な部分がうしても必要となります。それを十分、森美術館は果たしているというふうに考えています。

「見つめ直す」ことから未来が生まれる

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アトリエでの制作風景

東京の足りない点は、古いものが少ないということではないでしょうか。「東京には江戸からの長い歴史があるじゃないか」と思われるかもしれませんが、実は全部戦後なんですね。私たちが、戦前の建物があるだけで珍しいという印象を持つぐらい、東京は“新しい街”なんです。ところが、ニューヨークなどは平気で100年以上の年月を重ねた立派なビルがあったりする。

本当に東京が、美しさを獲得するには、古いものに対する尊敬心みたいなものを取り戻すことが必要だと思っています。
例えば、“わびさび”とは、うんと簡単に言ってしまえば、空間とか時間に対する尊敬の気持ちなんですね。“わび”というのは、「こんなおもてなししかできないでごめんなさい」というお詫びをする心。つまり、空間に対する意識。また時間がたって錆びていくということを“さび”という。つまりこれは時間に対する尊敬心です。だから“わびさび”というのは空間と時間に対する尊敬の気持ちなんですよ。
日本はとてもすばらしい文化を持っているんだけれど、日本文化の良いところを、あまり皆さんが考えなくなってしまっている。今、「見つめ直す」ということの中に、日本が未来に向かうベクトルが見つかってくるんじゃないかなと思いますね。

プロフール

1958年、東京都出身。1982年東京芸術大学絵画科卒業。1987年同大学院博士課程を修了。以降、世界各国にて個展を開催し、日本画家として名を馳せる。1993年画集「フラット・ウォーター」(求龍堂)刊行。ニューヨーク・ギャラリー・ガイドの表紙に選出される。95年第46回ヴェネチア・ビエンナーレ絵画部門で東洋人初の優秀賞受賞。2002年第13回MOA美術館岡田茂吉賞絵画部門大賞受賞。2007年4月より京都造形芸術大学学長就任。近年の代表作に、大徳寺聚光院別院の全襖絵、ホテル・グランドハイアット東京の壁画などがある。『千住博画集-水の音』(小学館)、『絵を描く悦び』(光文社)などの画集・著書多数。