HILLS CAST
“東京をおもしろくするアイデア”を持ったゲストをお迎えしてお届けする「HILLS CAST」は、J-WAVEのラジオ番組「森ビル presents 東京コンシェルジュ」内で放送していた森ビルのラジオCMです。
※掲載内容は、取材・放送時点のものです。
東京から離れられないその理由(第3回)
2009年03月13日
今月のゲスト:作家 阿川佐和子さん

「文句があっても、魅力もあるからつい住んじゃう」
自身が生まれ育った東京についてそう話すのは、作家の阿川佐和子さん。小説やエッセイなど著作は数多く、テレビでも活躍している。広島や横浜、ワシントンDCでの生活の経験もある彼女が、一番長く住み続ける東京の魅力とは一体どこにあるのだろうか。東京の良いところ、そして悪いところまで、独自の視点で明るく語った。阿川さんが考える、理想の東京とは。
第3回 原稿のネタは湧き出るわけじゃない、絞り出すんです
あるとき、連載のエッセーのページを持っていたのですが、締め切り過ぎたのに書くことがない。焦るとなおさら頭が真っ白になっちゃって。でも焦っている割には、おいしいお寿司屋さんで友達とさんざんおいしいお寿司を食べて、「いやあ、おいしかった」と帰ってきた。そしたら、夜中ぐらいからしくしくお腹が痛くなり、気持ち悪くなって、それからもう数分後にお手洗いに住もうかという状態。もう上や下への大騒ぎで、近くの小さな病院に行ったんです。お医者さんに「昨日何食べました?」と聞かれて、「おいしいお寿司を食べました」「あっ、わかりました、虫がいます」と言われて「エエー?」と思ってるうちに、「今から胃カメラ検査をし、胃カメラでもし虫を見つけたら、そのままその胃カメラから摘出します」と。それで胃カメラを入れるということになった。
そのときに、私は「やった」と心の片隅で、お腹を押さえながら「これで書ける」と思ってね。お医者さんが、ちょっと軽い麻酔をして、胃カメラを口から入れていくんです。モニターがあって、胃カメラ君がどんどんどんどん胃に入って行く様子を見ていたんです。「無事にこれで摘出手術おしまい」というところまで、ずっと見ていて。「これで一本原稿が書ける」と思っている私は何だろう。確かに原稿は書けましたけれども。原稿のネタなんて、湧き出るわけじゃない。拾うんです。ほとんどの不幸は原稿のネタ、なんて思ってる。
自分の不幸は原稿のネタ

大体、私は自分の不幸は基本的に原稿のネタだと思っていますから、何か事件が起こらないと書くことない。もちろん死ぬほどの思いはしたくありませんよ。旅に出るときも思うのですけれども、予定どおり円満なる、計画どおり安全な・・・何というのかな、予定したとおりの旅をして帰ってきたら、普通の人だってあまり印象に残らないでしょ。でも、やれ、スリにあったとか、転んでけがをしただとか、物をなくしておまわりさんのところに行ったら言葉が通じなくてとんでもない目に遭ったとか、ホテルで水浸しになったとか、そういうことがあるほうが、あとあとその旅はいい思い出話になるって思っている。だから、原稿のネタですよ、全部。
因果な商売ですよ、本当に。変な人見つけると「しめた」、友達がばかなことをやると「やったー」、まああまり人様に迷惑がかからない程度の暴露をする。
だから不幸なことや嫌なことが起こって、その場では怒ったり、悲しんだり、泣き崩れたり、大体私は悲しくなると眠くなるから冬ごもりしちゃいますけれども。でも、数日たつとね、「よし、ただでは起きないぞ」と思うの。
プロフール
作家・タレント/1981年「朝のホットライン」でリポーターを務め、1983年より報道番組「情報デスクToday」のアシスタント。1989年から「筑紫哲也NEWS23」のキャスターを務めた。1992年に渡米し、帰国後「報道特集」のキャスターとなる。著作は数多く、エッセイ「ああ言えばこう食う」で1999年講談社エッセイ賞を受賞。小説「ウメ子」では坪田譲治文学賞を受賞。現在週刊文春にて対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」を連載中。