HILLS CAST
“東京をおもしろくするアイデア”を持ったゲストをお迎えしてお届けする「HILLS CAST」は、J-WAVEのラジオ番組「森ビル presents 東京コンシェルジュ」内で放送していた森ビルのラジオCMです。
※掲載内容は、取材・放送時点のものです。
魂が乗り移った顔たち(第4回)
2008年01月25日
今月のゲスト: 石井竜也さん

映画監督。プロデューサー。インダストリアルデザイナー。そしてもちろんミュージシャン。様々な顔を持つ石井さんが黙々と作り続けている「顔たち」。作家の無意識と衝動が作り上げてきた、独特かつ衝撃的な世界が六本木ヒルズに登場です。
第4回 「日本人でよかった!」を東京から発信したい

東京という街は日本の中心で、ここからいろいろな情報や流行が発信される街ですよね。今、地方から東京に発信されてくるものも多くなったと思いますけれど、それでもやはり東京から発信されるものというのは、すごく重要だと思います。そういう中で石井竜也が何を発信していくのか?この間、僕は奈良の薬師寺でコンサートをやったのです。衣装もスーツに家紋をつけてみたり、スーツの下のズボンをちょっと袴っぽくしてみたりして、ちょっと和的な要素も多く入れたんですね。それと尺八や琴も入れたりして、バンドと、和楽器でジャズを演奏するアーティストとコラボレートしてコンサートをやったのです。
そのコンサートで薬師寺の三重塔と大伽藍、後ろには大仏がバーンと鎮座しているところで歌ったときに「日本人でよかった」と思ったんですよ。今まで、あれほど日本人に生まれてよかったと思ったことはなかったです。
ああいうことを東京でやってみたいですね。「日本人でよかった」というイベントを組んでみたい。東京というと、どうしても世界中の文化を集めようとか、そういう方に気が行きがちですけれども、ちょっと下町に入ると、すごくいい街並みがあったりするじゃないですか。東京にもまだまだおつな場所がいっぱいあるんですよね。そういう日本のアイデンティティを前面に出すコンサートやイベントをやってみたいなと思います。
米米CLUBの原点、「米(コメ)」は日本的なことに関係あるのですか、と聞かれるのですが、「米米CLUB」というネーミングは本当に偶然できてしまったような名前です。後づけでいろいろなことをうそぶいていましたけれど「コメ」という発音、言葉自体が、あまり格好よくないなというのがあったのです。米米CLUBをつくった当初は「日本一ダサいバンドをつくろう」と思っていて、バンド文化をちょっとアイロニカルに見ていたんです。「何が『イエイ』だよ」みたいなね(笑)そういう感じで始まったので、名前もあまり格好いいネーミングじゃなくて、ちょっとみんなプッと笑っちゃうようなものになりました。最初はコメコメクラブと言ってもらえなくて、ベイベイクラブだとか、マイマイクラブだとか、ヨネヨネクラブとか、深読みしてアメリカアメリカクラブというやつもいるし、まあいろいろなことを言われました。日本のアイデンティティとか、そういうところから発想した名前ではなかったのです。でも何を間違ったか農林水産省とかからお仕事をいただいたり(笑)いろいろなこともありました。そういう日本っぽいイメージというのが、米米CLUB という名前の中にはちょっと感じるのかもしれないですね。
「顔魂 〜石井竜也展覧会〜」 KAODAMA 〜TATUYA ISHII EXHIBITION 2008〜
1月31日から2月17日まで六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリー、六本木ヒルズ森タワーの52階で開催されます。ぜひご来場ください。
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プロフール
1959年生まれ。'97年ソロ活動始動。毎回、テーマ性のある趣向を凝らした全国ツアーやアートパフォーマンス、オーケストラライブなどを展開。音楽活動に加えて「大阪HEP FIVE」の空間プロデュースや「鈴鹿8時間耐久レース」の総合プロデュース、'05年には愛知万博「愛・地球博」レギュラープログラムの総合プロデューサーを務める。さらに'02年から音と光のインスタレーション「GROUND ANGEL」を横浜赤レンガ倉庫にて開催。'05〜'06年には広島市の全面協力のもと広島平和記念公園にて「GROUND ANGEL IN HIROSHIMA」を開催する。作品制作にも積極的に取り組み、'97年「空想美術館」'99年「昇展」'02年「NUDE」'06年「VENUSWHITE」といった展覧会を開催。またインダストリアル・デザイナーとしても多くのデザインを手がける。今冬には、映画監督を務めた'94 年公開『河童』と'96年公開『ACRI』が待望のDVDとなった。