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01月のゲスト

プロゴルファー
深堀圭一郎さん

2009年01月23日

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"プロゴルファー 深堀圭一郎" プレイヤーとして、東京で暮らすものとして(第4回)

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プレイヤーとしての成功だけが人生の目標ではない、と深堀圭一郎さんは言う。2007年にJGTOの選手会長も務め、丸山茂樹らと共に近年の男子ゴルフ界を先導してきた彼が目指しているのは、今までにないプロゴルファー像。確立するには東京で暮らすことが大きな意味を持つという。深堀圭一郎さんが考えるプロゴルファー像とはどのようなものなのか。そして、東京はどのような意味を持つのか。真摯に、ゴルフと、自分と向き合い、明快に語っていただきます。

 

第4回 新しい風が吹いた2008年を振り返って

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2008年のシーズンは、私にとってはそんなにベストシーズンではなかったのですが、年々、いろいろと年を重ねる中で勉強もできますし、たくさんの課題をいただいたシーズンでしたね。
男子プロの1年のツアーとしては、新しい風ということで17歳の石川遼君をはじめ20代の選手も数多く優勝しました。
賞金シード権を持っている選手が70名いるのですが、1年間終わって最高年齢が42歳になったのです。平均的にもかなり年齢が下がってきたことと、だいぶ新しく選手も変わってきました。
ここ数年、「男子ツアーが元気がない、新しい選手がいない」と言われていたのが、大きく変わった年ですね。
この3年ぐらいですかね、男子ゴルフ改革をやって、いろいろなスポンサーさんはじめ、政財界、ファンの方からいろいろなお話を聞いて、「次の男子ゴルフ界はこうあるべきだ」「こうなっていかなくてはいけない」といった方向に大分近づきつつあります。大きな意味ではテレビの視聴率はじめ、観客動員、賞金総額も含めて、かなり上がってきているので、その意味で昔「AON」(日本のゴルフ界を牽引してきたビッグスリー、青木功、尾崎将司、中嶋常幸)と言われた、ゴルフのブームの時代があったのですが、それに次ぐ1つのキーポイントとなる年になったのではないかという気がします。

ゴルフ界を引っ張っていくために、2009年やるべきことは

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2009年の抱負ということになりますと、ここ数年、私は個人的には優勝からちょっと遠ざかっていて、僕にとってはすごくもの足りないシーズンが続いているのです。というのは、僕は来年でプロ18年目になるのですが、プラス、ジュニアや学生競技を入れたら、本当に長い間競技生活にいて、この1、2年やはり正直ちょっと疲れている部分はあったんですね。モチベーションをどこに持っていけるか。
でも2008年のシーズンでは、後半になっていろいろなものを自分で感じて、元気が体の中から見えてきていました。それでいつもの僕のスタイルで、何に向かっていくかということを考えていくんですが、まずは絶対に優勝を早めにしたいということ。2009年はまた優勝争いプラス、賞金王争いというものに加わってやる自分にもっていくために、かなりオフのキャンプは充実しなければいけないですね。

日本のツアーというのは、今、40歳代というのがなかなか活躍しにくくなってきているのです。僕の1つ下には丸山茂樹という選手がいて、個人的にもすごく仲がいいのでいろいろな話をするのですが、彼が頑張ると僕も頑張っていたし、僕が頑張ると彼が頑張る、日本と海外で、そういうバランスが結構あったのですね。僕が勝った翌週に丸山が勝つというのもあったし。やはりしのぎを削って、僕らが日本のゴルフ界を引っ張ってきた部分ももちろんありますし、それは先輩方がいて、僕らが引っ張れたのですが。
後輩がこのまま頑張ることも大事なことなのですが、僕らがまた引っ張って、そう簡単にはゴルフというものはうまくいかない、大変なんだというのも、みんなに見ていただきたいですね。
僕がずっと言い続けているのは、僕自身がまだできると思っているので、自分の限界を超えるためにいろいろなことをしていきたいし、また伸びると思っているので、それに近づきたいなと思っています。

プロゴルファー/フォーラムエンジニアリング所属。1968年東京都生まれ。11歳からゴルフを始め、1992年にツアープレイヤーに転向する。ツアーデビュー戦は1992年10月アサヒビールゴルフダイジェスト。近年では2003年の「日本オープン」での活躍が記憶に新しい。2007年日本ゴルフツアー機構(JGTO)の選手会長に就任。2008年副会長に就任。プレイヤーとして、副会長として、ゴルフ界をさらに盛り上げるべく多忙な日々を送る。

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