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01月のゲスト

プロゴルファー
深堀圭一郎さん

2009年01月16日

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"プロゴルファー 深堀圭一郎" プレイヤーとして、東京で暮らすものとして(第3回)

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プレイヤーとしての成功だけが人生の目標ではない、と深堀圭一郎さんは言う。2007年にJGTOの選手会長も務め、丸山茂樹らと共に近年の男子ゴルフ界を先導してきた彼が目指しているのは、今までにないプロゴルファー像。確立するには東京で暮らすことが大きな意味を持つという。深堀圭一郎さんが考えるプロゴルファー像とはどのようなものなのか。そして、東京はどのような意味を持つのか。真摯に、ゴルフと、自分と向き合い、明快に語っていただきます。

 

第3回 東京のセンターに住み続ける意味

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僕は住宅を見るのが大の趣味なんです。あるエリアの住宅街というものが、どういうところになっているのか探索し、「ああ、この家、いいな」「でも、ここを変えた方が、僕がもしかしたらいいのかな」とか考えるのが本当に好きで、僕は東京にずっと生まれて住んでいるのですが、都内のいろいろなところに行って、「こんな家、建ててやる」とか、そういう思いをモチベーションにしてやっていることが多いです。
そのきっかけというのは、僕はゴルフを始めて、クラブを握ったのは3才の時が最初なんですけれども、うちがもともと商人でお菓子をつくったり、食品をつくったりする関係の仕事をやっていて、うちの父親も母親も結構仕事があったりとか出入りが激しかったんですね。その反面、練習をその周りでやったりする中で、想像力を高めて何かをつくっていくとか、何かをやっていくということに興味が突然出てきたみたいです。「この練習をしてパットを入れたら、どうなっていく、そうするとその先に、将来僕はこういう家に住んでみたいかな」とか「こういう家をつくって、こういう練習場を持った家をつくってみたいかな」というのが、何かだんだん高まってきたみたいですね。
今は東京の中心に住んでいますが、それはやっぱり、生まれが東京だということが1つと、仕事場であるゴルフ場というと地方が多いですね、緑がある環境のいいところなので、逆に東京のセパレートされた街並みのきれいなところに住むというのが、僕の昔からの憧れでもあり、自分のモチベーションを高めることなんですね。東京のセンターというか、すごく環境のいい場所に住んでみると、いろいろな情報を得ることができる。いろいろなことを勉強することができるというチャンスが数多くあると思うのです。人であったり、いろいろな物を見れたり、食べれたりというのを、近くでいただける機会をもらうにはセンターがいいですし。
「もしアメリカに行き、USPGツアーに参戦するなら、どこに住む?」といったら、僕は「マンハッタンに住む」。僕はマンハッタンがすごく好きで、たまに行っていたのですが、東京と似た感じもありますし。ゴルファーとしてはベストかわかりませんが、ずっとランニングをしながら街を見て楽しむ僕の趣味の1つも都心ならできますし。
利便性みたいなこと以上に五感というものを大切にしています。感覚が僕の生命線だと思っています。例えば、僕は洋服を選ぶことについてもそうなのですけれど、何かこの、見たときのフィーリングで「ああ、これ、僕には合わないな」とか、何かそのような感覚でずっと僕はきています。この感覚が僕が元気でいるというか、前に歩いていける源のようなものなので、これを養うには今の環境がベストだと僕は思っています。東京のセンターに住み続けられるために、ゴルフという仕事を頑張るというのもありますね。

ゴルファーとして、父親として喜びを感じる瞬間

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一番の喜びを感じるのは、ゴルファーとしては、やはり自分の思い描いたラウンドをすること。18ホールという1日の中の競技で、いろいろな流れがあるんですね。皆さんがテレビでご覧いただけるのは残りの数ホールで、ある程度でき上がったところを、最後見ていただくことなのですが。朝の1番ホールから、さらにゴルフ場についてや、体のケアやトレーニングなどいろいろなことをやって、練習をしてと、ストーリーがあるわけです。
その苦しい中をどう乗り越えて、18番に上がってくるか。そのときに、「ああ、1日お疲れ様」というか、自分のキャディだったり、同伴プレイヤーと、「いいプレイだったね、明日も頑張ろう」とかというときに、達成感、小さな達成感ですね。その先は、もちろん4日間の優勝というのはありますが、ゴルフの中では、その小さな達成感がやっぱりすごく毎日のエネルギーになるかなというのはあります。
あとは日曜日に自宅に戻って、子どもがまだ小さいのですけれど、1週間いない間の成長と、それを支えてくれているうちの奥さんの顔を見たときには、「ああ」とホッとして、何か深堀圭一郎という個人に戻れる瞬間なので、それはすごくいいですね。

プロゴルファー/フォーラムエンジニアリング所属。1968年東京都生まれ。11歳からゴルフを始め、1992年にツアープレイヤーに転向する。ツアーデビュー戦は1992年10月アサヒビールゴルフダイジェスト。近年では2003年の「日本オープン」での活躍が記憶に新しい。2007年日本ゴルフツアー機構(JGTO)の選手会長に就任。2008年副会長に就任。プレイヤーとして、副会長として、ゴルフ界をさらに盛り上げるべく多忙な日々を送る。

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