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01月のゲスト

プロゴルファー
深堀圭一郎さん

2009年01月06日

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"プロゴルファー 深堀圭一郎" プレイヤーとして、東京で暮らすものとして(第1回)

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プレイヤーとしての成功だけが人生の目標ではない、と深堀圭一郎さんは言う。2007年にJGTOの選手会長も務め、丸山茂樹らと共に近年の男子ゴルフ界を先導してきた彼が目指しているのは、今までにないプロゴルファー像。確立するには東京で暮らすことが大きな意味を持つという。深堀圭一郎さんが考えるプロゴルファー像とはどのようなものなのか。そして、東京はどのような意味を持つのか。真摯に、ゴルフと、自分と向き合い、明快に語っていただきます。

 

第1回 選手が作るトーナメントは、ファンも喜ぶトーナメントに

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    「UBS日本ゴルフツアー選手権 2008」の様子

JGTO(日本ゴルフツアー機構)が日本のプロゴルフツアーを主催するようになって10年経つのですが、「UBS日本ゴルフツアー選手権」は、選手のためのトーナメント、選手たちがつくるナンバーワンのトーナメントを目指してはじまり、宍戸ヒルズで行われています。ナショナルオープンといわれているのが日本オープンゴルフ選手権というタイトルなのですが、それと同じ、いやそれ以上といっていいぐらい、選手は気持ちが強いトーナメントなのです。
「僕らがつくった、僕らのためのすばらしいステージで、ナンバーワン、ツアーナンバーワンになる試合なんだ」と。
トーナメントのコースのセッティングにしても運営にしても、選手がいろいろな意見を出して、それが例えば今年がだめなら翌年に反映される。お客さんが来て楽しんでもらえて、よりエキサイティングにゴルフを見ていただくために、選手の意見が反映できるトーナメントです。本当に僕らが望むトーナメントになっていますよね。だからといって、選手に甘くするトーナメントではない。僕らをプロフェッショナルとして最高の技術を引き出してくれる。チャンピオンは海外の大きな試合に出られるという特典もあるし、5年間という大きなシード権をいただけるという名誉もついてきます。
またありがたく、うれしいのは、テレビの生放送でずっと放映していただける。いろいろな選手がいいショットをしたり、いいプレーをすれば、放映されるチャンスがある。地方にいる応援してくれている選手のファンの方だったり、身内の方が喜ぶのです。

森ビルさんには毎年宍戸ヒルズのコースを改良していただいています。私も森社長と、プロアマのときにプレーをさせていただいたことがあるのですけれども、「ここのティーグラウンドをこちらに移した方が、プロはこういう感じでいいんじゃないかな、と僕は思うのですけれども」と、お話をさせてもらったら、翌年そこにでき上がっているわけですよ。なかなかそんな簡単にね、そうはやっていただけないのですね。簡単にするわけではなくて、よりプロのレベルを高める、持っているものを引き出させるために変えていただけることができるので、本当に感謝しています。これからも長く続けていって、日本のナンバーワントーナメントにどんどんなっていってほしいし、なるべきだと思う試合なのです。

これだけのファンがいればゴルフ界は大丈夫だ、と信じていた

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2008年にナショナルカンパニーが主催の3つのトーナメントが新しく加わってくれたおかげで、今まで支えていただいている他のトーナメントにもさらに活気が出てきました。「じゃあ、私たちも頑張って男子ツアーを支えようじゃないか」と、力を貸してくれたり、本当に動き始めたんですよね。それまですごく自信を持って「ゴルフ界は絶対元気になる」と思っていたのが、結果的に本当にそうなってくれて、これはすごくうれしいことです。反対になる要素も、もちろん十分ありましたけれども「これだけの皆さんが応援してくれたら、絶対、ゴルフ界は大丈夫なんだ」というふうに、僕は信じていましたし、それをいろいろなところでお話をして、みんなもそれを理解してくれていた。
このことで、次代のプロゴルフを目指すジュニアだったり、今学生以外でやっている選手も含めて、また「よし、俺はプロになって上に立ってやろう」という気持ちがかなり強くなったと思うのです。やはり声援も大きくなり、今までなかなかゴルフ場に足を運びにくかった方にゴルフ場に来ていただいたり、テレビでもかなりいろいろなところで「見たよ」という声を聞くようになりました。反響が増えて、そういう意味で、かなり声をかけてもらうチャンスが増えましたね。それは僕だけじゃなくて、きっとほかの選手もかなり感じましたでしょうし、確実に変わっているのを肌で感じました。

プロゴルファー/フォーラムエンジニアリング所属。1968年東京都生まれ。11歳からゴルフを始め、1992年にツアープレイヤーに転向する。ツアーデビュー戦は1992年10月アサヒビールゴルフダイジェスト。近年では2003年の「日本オープン」での活躍が記憶に新しい。2007年日本ゴルフツアー機構(JGTO)の選手会長に就任。2008年副会長に就任。プレイヤーとして、副会長として、ゴルフ界をさらに盛り上げるべく多忙な日々を送る。

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