森ビル株式会社代表取締役社長
森 稔 インタビュー
私たち森ビルが、ヒルズに込めた想いです。そして2008年、ヒルズの想いは、いよいよ上海へ。
その丘にあがれば、晴れた未来が見渡せる。

アークヒルズから六本木ヒルズへ

前田:アークヒルズでは、今のようなお話を含めて矢面に立たれたこともいっぱいあったとお聞きしています。しかし、あのプロジェクト自体がその後の都市開発のある種のひな型となったように思うのですが……。

森:結果として、そういうふうな評価をしてくれる人もありましたが、完成したころは、以前から住んでいた住民の多くが転出したので「追い出し型再開発だ」と非難されました。新しく入ってきた人の7割が外国人だったので、「誰のための再開発だ」とも言われました。区議会で「(再開発事業に)補助金を出したのに、住んでいるのは外国人じゃないか。謝れ!」などと区長が追求されたりしたのですよ。そんなふうに、必ずしもストレートに評価はされなかったのです。
 実際には転出した以上にたくさんの人が入ってきたし、文化施設もできたし、ホテルの滞在者も増えたし、なにもないところにオフィスもできたし、緑も復活したのですが、新しくできたものは評価せず、なくなったもののことをおっしゃる方が多かったですね。「緑もなくなった」と言われたのですが、緑は昔以上に復活しています。今では「緑を復活した都市開発モデル」、「緑を中心にコミュニティ活動も生まれた再開発モデル」と評価されるようになりましたけれど、ここまでには20年かかりました。
 都市開発に対する評価は時間がかかります。やったことがそう簡単に理解も評価もされません。ただ、地元よりも海外のほうが高く評価してくれましたね。次に六本木ヒルズができて、その考え方をさらに徹底しましたので、評価してくださる人は増えたと思います。
 アークヒルズのときは、テレビ朝日の放送センターなどはできましたが、商業施設が少なかったので、今ひとつにぎわいに欠けていた。六本木ヒルズは商業店舗やシネコンプレックスなどもできましたし、展望台や美術館など、音楽ホールと違ってもっとたくさんの人が集まるような施設をつくりましたので、かなり早くからそういう意味での理解が浸透してにぎやかになりました。六本木ヒルズが出来て、僕らの考え方は相当理解されるようになったなとは思っています。

前田:森ビルの企業広告のコピー「その丘にあがれば、晴れた未来が見渡せる。」の基になったのも、今のお話の根っこになっている考え方ですよね。

   

森:そうです、「わかってください、もっと向こうを見てください」という願いを込めたもの。「後ろの方(過去)ではなくて、その先(未来)を見てください」と。
 ちなみに、六本木ヒルズの象徴である森美術館は、現代アートをテーマにしています。現代アートはこれからのアートで、過去のアートではないのです。「こういうふうに前向きにやりましょうよ」、「丘にあがれば次の展望が開けます、また次の展望が開けますよ」というようなことを伝えたかったのです。

中国のプロジェクトについて

前田:そういう意味で、「調和ある成長」の拡大というか、上海のプロジェクトは国境を越えてそれを始められたということなんだと思うのですが。もちろん今の潮流をポジティブにとらえれば、もはや「日本だ中国だ」と分けて考える時代ではないといえます。しかし一方、東京でやってこれたメソッドが上海では通用しないこともままある、ということも想像できるんです。苦労されたことも相当あったんじゃないですか。

 
 

森:中国でのプロジェクトの1棟目と2棟目は、日本では当たり前のレベルのものをつくりましたが、今度の「環球金融中心」は、本当に上海市を象徴するランドマークになるでしょう。上海でもっともホットな場所で、非常にシャープな形と世界一高い展望台を持ち、なによりも「環球金融中心〜国際金融センター」と自ら宣言しているわけですから。
 環球とは地球、グローブ、グローバルという意味ですね。「世界一の」といった名称はいかにも中華主義らしい。とてもこちらじゃ言えない(笑)。そういう名前をもらって、その機能を果たすことを期待されているものを今つくっています。上海市の経済活動の中心になるという意味もありますし、期待レベルが全然違う。世界の注目レベルも、実は六本木ヒルズの比ではないのです。それをあえてやっているのです。
 これも仕込んだのは14〜15年前。その時代にそういうものを中国で指向してやっているわけで、東京のパターンとは意味が相当違います。お客様(テナント)も、東京なら日本の人や日本の企業が中心で、海外からもどうぞ、でしょう。けれど、あちらは世界中の企業が中心ですから、そういう意味でも違いますね。

 

今の日本の「ローカル」について

前田:さらにその一方で、今度は国内の話、東京とローカルの格差というのが最近盛んに言われています。そこで思うのは、例えば福岡のような独自路線や、最近では宮崎の知事みたいにまだ元気な意味での「アンチ東京」を意識している分にはいいんですが、そうではなくて、あえて言えば「しおれた」状態というローカルの現状があるわけですよね。本当は「ローカル」というひとくくりにするのも正確ではないと思いつつ、森さんは今の日本のローカルについてお考えになられていることはありますか。

森:「一括して論じる」という政治的な問題と、私たちが考える「街をよくする」という問題はちょっと違うんですね。
 ちょうど、伊勢に行ってお木曳をお手伝いしたのですが、そのときに二見浦を再活性化したいというお話がありました。「昔はたくさん人が来たのに、今は人よりもツバメの方が多い街になってしまった」と。原因ははっきりしているのです。せっかくの白浜を全部護岸堤防にしてしまった。ここから海水浴が始まったという白浜がなくなってしまったのですよ。人と海が触れ合えなくなっている。
 これは二見浦だけのことじゃありません。東京湾も気がついてみたら高波対策ばかりで、自然との触れ合いを破壊してしまっている。自ら人が親しめる自然を壊して、人が来なくなったと嘆いている。こんな見当違いなことが日本中のあちらこちらで行われています。
 それと高度利用すればいいところを低利用しかできない容積規制をかけて、全部をベタッと低容積の街にしてしまっているところも多い。先ほどいいましたが、一昔前の用途純化の都市構造で、職住を分離して行き来を難しくしてしまっているのです。生活の基本的な条件を破壊しているから、住みにくくなってしまうのです。
 農業人口は今2%ですが、70%を占めていた時代の政策を未だに続けている。街をつくってきた立場からみると、間違った政策ややりすぎた計画で返って自分で環境を壊しているような感じを受けます。しかも、まだやり足りないと思っている。

 高いビルもある代わり、何もしないところもあったらいいのです。みんな低層の建物を並べるから街は建て詰まり、環境は悪くなる。そういうことを実際にやっている。コンパクトシティ化するべきで、基本的に都市計画が間違っているのだと思います。
 これを軌道修正するのは容易ではありません。大都会では学校などを中心部に戻そうという政策に変わって、だんだんよくなりつつありますが、地方都市はまだ中央が決めた画一的なルールに従って街を壊しつつあるのが現状でしょう。まあ、ここでいくら私が力説しても政治までは聞こえないでしょうが(笑)。

日本の子どもたちについて

前田:ちょっと話題は変わりますが、最近実施された国際統計で、日本の子どもたちは他の国々の群を抜いて「将来、偉くなるより、そこそこ平凡で平和に暮らしたい」という割合が高いという結果が出ています。それについてどう思いますか。

森:見方を変えると、発展途上国の子どもは現状が酷いから「もっともっとよくしよう」と張り切っているけれど、既に文明、経済が調和した国の子どもたちは「これを保てばいい」と考えるようになるということではないですか。
 私は、日本はまだまだよくする余地があると思うけれど、「もうこれでいいんだ」と思っている人が多くなったということの象徴で、ある意味ハッピーなことではあるんでしょう。みんながやたらに不満で頑張ろうと思っているよりは、満足だと思っている方が平和でいいといえないことはない。ただ、成長のエネルギーが文化などに向かえばいいのだけれど、何もしないという方に向くともったいないですね。
 日本は極東の国で、かつて西欧から「文化果つるところ」といわれたけれど、今では文化集まるところになりつつあります。国民性はもともと勤勉だし、包容力があるし、いい国民なんだろうと思いますが、ただ、こういうふうに国境のない時代が来ると、日本人だけでやっているのは奇妙な国だということになってくるかもしれません。
 もっと、世界に開かれた国にしないと、世界の離れ小島になってしまうおそれがある。アジアの中で尊敬される国でありたいと思うなら、もうちょっとやるべきことはあると思います。

いま20歳に戻るとしたら?

前田:ちなみに、もういちど、というか「2007年時点において」20歳に戻れるとしたら、森さんはどういう人生を選びたいと思いますか。何か就きたい別の仕事とかありますか。

森:1つは、いろいろなことに触れて教養を身につけておきたいですね。もっともっとたくさんの選択肢があるということを20歳で理解していれば、もっといい都市がつくれたのにな、という気がします。
 いろいろ求めて世界を歩けば、自然自然にいろいろな違う体験をし、こちら側から見ていたのを、あちら側から見るというようなことで教養が広まる。ここにいて本を読んだぐらいではなかなか身につかない。やはり読みたいものしか読みませんからね。20歳の感受性を持って、もっといろいろ体験しておきたかったと思います。
 ただ、「今、20歳に戻りたいか?」と問われれば、「戻っている場合ではない」と答えますよ。今までやってきたからやれるということがたくさんあって、今さら20歳に戻っている場合じゃない(笑)。
 通信技術がこんなに発達したり、計算技術がこんなに発達したり、自然科学がこれだけ解明されたりすると、全く違う世界が開けてくるだろうなという気がします。なるべく長くいろいろ挑戦して、面白いものをつくることに参加していきたいですね。

 家内には「あなた、これから何するのよ?」といつも言われるんだけれど(笑)、これからだと、本当は思っているのです。

社員に求める力。

前田:森ビルの社員の方々に今、言っておきたいこととかありますか。

森:それぞれの人にそれぞれの課題や期待がありますが、共通してその人のためにもなるということで言うならば、「もっと自分の要求水準を上げてほしい」ということです。
 世の中にはいろいろな可能性もあるし、いろいろな生活もあるし、いろいろなレベルもあるので、美術にしろ、文化にしろ、ライフスタイルにしろ、住まい方だとか、遊び方だとか、いろいろな面に関心を持って頑張って欲しいのです。社員ひとりひとりが一段高い自分を目指さないと、森ビル自身も上を目指すことはできないという意味で、社員にそれを期待しています。別の言い方をすると、教養レベルを上げるということですね。

「運」や「縁」を味方につけるには?

前田:ちなみに、功を成している方ほど、努力とともに「運」とか「縁」ということについておっしゃることが多い感じがします。若い人たちも、自らのこれからも含めて、やはりそういうことに非常に興味を示します。森さん自身、「運」とか「縁」について、何か思うところがありますか。

森:自分で言うのもなんだけれど、よく「天気男だ」と言われます。つまり、「ここぞというときには必ず天気になる」と。確かにそんなところもありまして、私は運がいいんだと思っているのですけれど。
 話が脇道にそれますが、プロゴルファーの中島常幸さんはこのようなことをいっています。
 スランプのときは、自分自身がいくら立ち直ろうと努力してもだめで、むしろ「自分が生かされているんだ、つまり泳がされているんだ、だから、つまり運なんだ」という気持ちになったら、気が楽になってスランプを脱した、と。「自分は誰かによって生かされているので、生きているわけではないと思ったら、急に楽になってパットも入るようになった」とね。
 その一方で、「天は自ら助くるものを助く」ということわざもあります。
 このふたつは裏腹で、「俺はついているんだ、生かされているんだ、だから大丈夫なんだ、だから一生懸命やるんだ」というのならいいのだけれど、「どうぜついているんだから、何もやらなくてもいいんだ」というのでは自堕落になってしまう。また、「俺はついていないんだから、なにをやっても無駄だ」となったら終わりです。
 「私はついているんだ」という楽観主義者はやはり自分で努力しているんですよ。「俺はついていないんだ」という人は努力していないんです。そういうわけで、成功した人は、必ず「ついているんだ」ということになる、というわけではないですかね。
 「天は助くる者を助く」、それが本当なのだけど、ただ、「必ず天は助けてくれる」という楽観主義がないとやっていられないじゃないですか。
 楽観主義者でなかったら、私もアークヒルズの再開発なんて最後まで成し遂げられなかったですよ。途中で放りだしているかもしれない(笑)。
 「縁」も同じで、普段努力しなければ、会いたい人なんて出てきません。いろいろなことを勉強しているから会いたい人が出てくるし、普段努力しているから、会いたい人に会えるようになるものじゃないでしょうか。まあ、これも裏腹ですよ。
 当たり前のことを言っているにすぎないのだけれど、運とか縁は「俺はもともと運が悪いんだ、縁がないんだ」と逃げてしまったらおしまい。「俺はついているんだ」という、いい意味の楽観主義で努力すること。つまりは、「(運が)つくまで努力し続ける」ということです。それが大事なのではないでしょうか。