森 稔 インタビュー
私たち森ビルが、ヒルズに込めた想いです。そして2008年、ヒルズの想いは、いよいよ上海へ。
その丘にあがれば、晴れた未来が見渡せる。
前田 知巳(まえだ ともみ)
コピーライター
1965年生まれ。88年東京外国語大学卒業後、博報堂に入社。99年に独立。今回の森ビル企業広告をはじめ、宝島社、キリン、ミスターチルドレンなどのコピーを手がける一方、ファーストリテイリング、福岡新都心構想など様々な企業・自治体・商品のコンセプトワークを担当。朝日広告賞、TCC最高賞ほか受賞多数。

インタビュアー 前田知巳氏よりひとこと
昨年から上海環球金融中心のコンセプトワーク、企業広告とやらせてもらいながら、世間でよく言われる「イケイケ」なイメージではなく、むしろ根っから「世の中を良くしたい」「調和なくして成長なし」な企業だという印象を強く持ちました。こういう企業人格があまりにも知られていないのが何とももったいなくて、これからもいろいろご協力できたらいいなと思っているのですが、そのためにもここらで一度、森さんにざっくばらんにいろんなことをお聞きしといたほうがいいなと思いまして。

いまの東京について

前田:この春は東京ミッドタウン、新丸ビルと、またまた東京の新名所というものが増えて、なんか東京タワーまで人気が復活しちゃって、さながらちょっとした「都心ブーム」になっている感じがします。まあ、いろいろ言う人もいますが、僕はその国の首都がこういう形ででも元気なのはとりあえず大事なことだと思います、国際的な都市間競争ということも含めて。今の東京、今の都心の感じについて、何か思われることはありますか。

森:おっしゃるように、東京がかつてよりはまっとうな方向に動き出している、そして、ここのところいろいろなものが連続してつくられています。自分のところから挙げるのはなんですが、六本木ヒルズ、表参道ヒルズ、あるいはミッドタウン、東京駅周辺では丸ビル、新丸ビルとか……。東京タワーの人気復活なども含め、赤坂のTBS跡地の開発もそろそろできますし、都心部の海岸寄りには超高層マンションもたくさんできている。そういう動きからすると、東京はかなり急激に変わりつつある、活性化しつつある、特に都心がね。
 しかし、上海、シンガポール、香港などにちょくちょく行っている私からすると、東京はこうしたアジアの都市に劣後しつつあると感じるんですよ。向こうの方がもっとスピードが早い。思い切った改革も進んでいる。東京ではまだカジノひとつできないでしょう?アジア諸都市と比べると、考えられないほど意識が遅れているのです。
 「東京はカオスがいい、ごちゃごちゃしているところが魅力だ」とか、「昔ながらの街や建物を壊すのはけしからん」などと言っておられる知識人も多い。新しいものやなじみのないものを受け入れない。都市の革新に対する抵抗勢力はまだ非常に強いのです。
 ですから、空港とか環状線とか、東京がグローバル都市となっていくために当然できていなければいけないものがさっぱりできない。世界の動きや大局を見ないで銘々勝手なことを言っているからです。非常に合理性に欠けるところがあって、そのために東京は国際的な都市間競争に劣後しつつある。
 たとえば、今度の知事選のマニフェストに「東京の国際化」を正面から唱えた人は誰もいなかった。「港区まちづくりマスタープラン」の中では、国際化についても、記述があまりなく、大事な項目と扱われていないようです。

森 稔(もり みのる)
森ビル株式会社代表取締役社長
1934年生まれ。59年東京大学教育学部卒業後、同年6月の森ビル株式会社設立と同時に取締役就任。93年に同社の代表取締役社長となる。05年、日英文化交流への貢献を評価され名誉大英勲章CBEを受章。
2011年6月 会長就任。
 空港の整備も、海外の学校や留学生の受け入れ制度にしても、非常に遅れている。これでは国際交流を自ら拒否しているようなものです。強い危機感を感じています。

これからの東京のイメージは?

前田:ずいぶん前に、「東京にはまだこんなに空があるじゃないか」ということをおっしゃっていたのを記事で見たのがとても印象的だったのですが。六本木ヒルズもそうだと思いますが、森さんがいつもおっしゃっている「垂直緑化都市」という構想ですよね。さらには「点から面へシフトしていく」ということもおっしゃっています。これ、今後も東京で連鎖させていくというイメージをお持ちだということですか。

森:よく「点から線に、線から面に」といいますが、街づくりの場合は「点からウェブに」発展していくのがいいかなと思っています。ベタッと一色に塗り替えてしまうのでなくて、web(網状)に展開していけばいい、とね。変えたくない部分や残すべき価値のあるものは変える必要はない、やるべきところに協調すればいいのです。
 「空が残っている」というのも、「まだ空を使っていない」という意味で言ったのですが、ある部分を超高層化する(空を使う)ことで、空を使わないところをたくさん残すこともできるわけです。戸建てでベッタリ埋め尽くして、緑を食いつぶしてしまうような街ではなく、結節点をたくさんつくったウェブのようにあちこち穴が空いている、そういう街であった方が余裕があっていいんじゃないでしょうか。
 私は「東京を垂直の庭園都市(バーティカルガーデンシティ)にしよう」と言っているのですが、あなたがおっしゃった「緑化都市」のほうがわかりやすくていい。これから僕もそう言おうかな(笑)。
 ここで言っている「緑化」とは、緑が象徴する自然とか潤いを含めた大きな概念です。ですから、常緑樹のように万年緑にするというわけではなくて、冬になったら葉が落ちてもいいし、川辺を復活させるとか、池、噴水、滝といった水のある空間をつくるといったことも含みます。要は季節のうつろいや自然の息吹が感じられる空間がたくさんある都市をつくっていくことが大事で、万年緑でなければいかんということはありません。
 ヒートアイランド現象などに対するアンチテーゼでもありますし、地球環境的な意味でも人間環境的にも優しい街にすべきだということを言っているのです。

森ビルの企業人格って?

前田:僕はコピーライターとしていろいろな企業のコンセプトワークとかをやらせてもらっていて、中には他の大手ディベロッパーも担当したことがあるんですが、やっぱり企業それぞれの、さっき言った企業人格というか、その企業特有の哲学とか文化とかを当然感じるんですね。というか、それがなくては優れた企業じゃないということだと思いますが。で、それでいうと、冒頭で言った森ビル特有の「ハーモニアス・グロウス」、つまり「調和なくして成長なし」の一環だと思うんですが、開発の際、地権者とか、もともとそこに住んでいる人々とかに対して、他のディベロッパー以上に、十分な時間と手間をかけてコンセンサスをとっていますよね?僕はここのところに、正直に言ってすごく感銘を受けたりしたんですが。というか、そういうイメージじゃなかったということですよね、森ビルというイメージが。そういう森ビルの企業人格に至った理由、言い換えれば、そういう森さんの哲学形成?に影響を与えたものは何だったんでしょうか。

森:それをご説明すると、うちの仕事全部なんですけれども(笑)。個人的な感触からいうと、私が大演説家であれば、街の人がみんな集まった前で「こうあるべきだ」と演説するだけで、皆さんが「そうだ、そうだ」となるのでしょうが、そういう能力に欠けるものですから、結局1人ひとりにコツコツと話をして一緒に街づくりをしていくしかなかったのです。
 「皆さんの人生設計にかかわることだけれど、全体としてはこの街をこういうふうに変えてはどうですか」とか、「あなたの心配事はこういうふうに解決できますよ」とかね。それでも前からの生活をそのまま続けたいという方には「では、そういう場所に移って今の生活を続けてはいかがでしょうか。ここは全体から見たら、新しい考えで街づくりを進めたほうがいい場所なのでご協力いただけませんか。なんだったら、半分だけ権利を残して他所に移転することもできます」というように説得して組み立てていくんです。
 以前は、街づくりの原則が違っていました。ひとつは戸建て住宅、事務所、店舗など小さなものの集合体に最もいい骨格にするというので、区画整理をどんどん進めました。もうひとつは、働くところ、遊ぶところ、公有地など、目的別に分類し、用途を純化するのがいいんだとされていたのです。
 当時はそうした原則にそって、我々も連綿として街をつくってきたのです。そうして祖父たちが一生懸命つくってきた街を、今、我々がまた造り替えようとしています。
 これからの時代には、こうした骨格の用途純化の街では具合が悪いからです。もっと総合的に考えて高度利用しなければ、これからの社会に合った街になっていかない。だから、我々自身が前によしとされてきたことも悪として、造り直さなければならないという大問題に直面したわけなんです。
 昔、政治権力が強かったときには道路なんてすぐできた。市街地改造法などで駅前などはどんどんクリアランスして造り替えられていったけれど、戦後は政治権力をもってしてもできなくなりました。だから、我々のようにひとりひとりを説得しながらこつこつまとめていくより仕方がなくなったのです。
 森ビルも、以前は小さく区分された土地を共同建築という方法で少しずつ大きくしてオフィスビルをつくっていました。オフィスビルが全然足りない時代でしたから、業務化すべき地域はどんどん業務化すべきだと思ったのです。
 しかし、その結果、皆さんにとって住み心地が悪くなってしまった。「森ビルは共同建築を勧めているけれど、結局は住んでいる人間がいなくなる。人を追い出して土地を買い占めているらしい」みたいな話になってしまったのです。あなたは「森ビルの世間のイメージは『イケイケ』だ」とおっしゃったけれど、当時は、どんどん街を占拠してしまう、人を追い出してしまう会社というふうに見られてしまっていた。
 実際にやっていることは、個々の人たちを説得しながら事業を組み立てて、あるべき街に持っていこうということでした。我々自身が間違ったときもありまして、いいオフィスビルだけつくればいい街になると思った時代もあったけれど、だんだんにしかるべく職住コンプレックスの街の方がいいんだというような考えに変わってきた。ですから、今は前に一生懸命勧めたオフィスビルを、また違うものにつくり直させていただいているのです。
 時代の要請や地域の要請も変わったということがありますけれど、そういう過程を経てこういう企業文化が育ってきたということです。